ヨハネ4章 - 聖なる書物を読んで

サマリアの女が、「わたしたちの父祖はゲリジム山で崇拝したのに、あなた方は崇拝するべき場所はエルサレムだと言う」と述べた時に、イエスが答えられた言葉は、

ヨハネ4:23,24 「真の崇拝者が霊と真理をもって父を崇拝する時が来ようとしています。それは今なのです。・・・神は霊であられるので、神を崇拝する者も霊と真理をもって崇拝しなければなりません」

「霊をもって」崇拝するとはどういう意味か。

2001年9/15の読者からの質問で、教義が変わってたんだね。

自分が学んだのは、「愛と信仰に満ちた心に動かされて(場所や物といった見えるものではなく、目には見えないもの)」ということだった。

これなら、質問に対する答えとして成り立っていると思う。

霊に燃えて、という言葉もこれならすんなり理解できる。

でも、新たな理解は、「神の霊を持ち、その霊によって導かれなければならない。(加えて、わたしたちの精神の意向を神の霊と調和させる)」というもの。

熱心さは、間違った崇拝にも示されるかららしい。

ちなみに、「知識」の本45p4節も、「近づく」の本315p15節も、この聖句は新しい解釈(神の霊を持ち、その霊に導かれる)に書き換えられていた。

原語には、導かれるという意味もあるようだけど・・う〜ん・・・

「イエス、道、真理、命」の中でも、この聖句が「霊と真理に導かれて」となっていて、当時すごく違和感を感じたのだけど・・・もし、これが新しい翻訳であるなら、受ける印象も意味もずいぶん変わっちゃうなぁと。

ますます霊によって油そそがれた人たちに導かれちゃって、自分で考えることをしなくなっちゃいそうだ。

自分は、霊と真理を「もって」神を崇拝したい。